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心理学ストーリー「五感の質屋」第二回

「視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚。どれを質入れしてくださいますか?」

女は聞く。
私は、もう一度考えた。

やはり普通に考えて、まずは「嗅覚」か「味覚」だろう。

もちろんこれらを失うことは痛手だ。
しかし他の3つに比べたら、日常生活での支障は比べものにならない。

嗅覚や味覚がなくても、困るのは食事のときや、何かのニオイをかいだときくらいだろう。
そのときだけ耐えれば、どうとでもなる。

しかし他の感覚がなかったら、24時間にわたって不便に悩まされることになる。
常に人は何かを見ているし、音を聞いている。また衣服でも床でも、必ず何かに触れている。
この感覚がなくなるというのは、かなりの痛手だ。

また視覚・聴覚・触覚ともに、「コミュニケーションの手段になりえる」ということも重要だ。

聴覚があれば、声が聞こえる。
視覚があれば、筆談ができる。
触覚があれば、手に文字を書いてもらって理解もできるだろう。

しかし嗅覚・味覚でコミュニケーションをすることは不可能だ。

もちろん、誰かに何かを嗅がせたり、味わわせたりして、
「塩味がピリッと強ければ怒ってる」
「カレーのにおいは嬉しいサイン」
などと決めることもできるが、さすがに現実的ではないだろう。

いずれにしても、コミュニケーションができる手段は残しておきたいと思うのが当然だ。

となると、まずは「嗅覚」か「味覚」になる。

では、どちらの感覚にするべきか。
嗅覚と味覚、どちらなら失っても構わないか。

ここで私は、ある事実を思い出した。

「味覚」は、「嗅覚なくしては成り立たない」のだ。

カゼで鼻が詰まっていると、食欲は落ちる。
それは、「ニオイ」まで含めて「おいしさ」を感じるからだ。

すなわち、「嗅覚を失って、味覚だけ残しても、結局は味覚そのものまで障害を受ける」のだ。

だったら、味覚だけ失った方が、まだマシだ。

もちろんこれは絶対的な真実ではないかもしれない。
しかし、少なくとも私には、それが正解であると思えた。

私はそこまで考えてから、言った。

「味覚で頼む」

女は私の思考を読み取るかのように、静かに微笑みながら言った。

「承りました。味覚でございますね」

「あぁ。そしてその代わり、私の娘の寿命を延ばしてほしい」

「もちろんでございます。ご息女さまのご寿命、確かに5年、延ばさせていただきます」

「………」

「またご利用のときは、お越し下さい」

なるべくなら、もう二度と利用しないで済みたい。
私はそう思いながら、その質屋を後にした。

◆ 

しばらくして、娘は退院した。
医師によると「病気の進行が、ストップしている」のだそうだ。

完治といえるわけではないが、病状に変化がないため、
「もしまた症状が進行するようなら、もう一度来てほしい」
と言われ、いったん退院となったのだ。

娘は今までとまったく変わらない生活をし、成長していった。

娘は、病気のことは知らない。
ただ「ちょっと具合が悪くなったから入院した」としか考えていない。

それでいい。
娘が苦しむ必要はない。

苦しむのは、私だけでいいんだ。

◆ 

しかし私には、予想外のことがあった。

味覚を失うこと。
それは想像より、ずっと苦痛だった。

何を食べても、味のない粘土を噛んでいるような気分になる。
そのため、食事のときの喜びが0になる。

くわえて腐った食べ物であるか分からないため、不安ばかりが強くなる。

すると、食事そのものが、苦痛でしかない。

そんなときは、娘を見ることにした。
病気のこともなかったかのように、毎日すくすくと育っていく娘。

それを見ていると、その苦痛を忘れられた。

◆ 

娘の病気の治療法が開発されたかどうか。
私は毎日のように、医師に電話をして聞いた。

しかし答えは、いつも「NO」だった。

いつしか私は、病気のことを忘れていった。

娘は、治っているんじゃないか?
タイムリミットなんて、ないんじゃないか?

少しずつ、そう考え始めていた。

◆ 

それが甘いことを感じたのは、娘の15才の誕生日だった。
娘は前とまったく同じように、腹部をおさえて苦しみだした。

「お父さん…。痛いよ…。痛いよぅ…」

その言葉や表情が、私の心を、再び「現実」に引き戻した。

もう、選択肢はなかった。

毒を食らわば皿までだ。

私は再び、その質屋に向かった。

◆ 

「あら、お客様。ご無沙汰しておりました」

女のビジュアルは、あのときとまったく変化がなかった。
いや、黒い衣服、髪、そして目は、さらに深い黒さを増していたように見えた。

「…また、質入れされますか?」

女がそう聞く。
前の思考の流れから、次に失う感覚なら、一つしかない。

「嗅覚で頼む」

女は、静かに微笑む。

「…承りました。ではお望みの方の寿命、さらに5年、延ばさせていただきます」

◆ 

娘はまた元通りの生活に戻った。
これで娘の寿命は、20才まで延びた。

もうこれ以上延ばすことは、簡単にはできない。

残る、3つの感覚。
視覚、聴覚、触覚とも、安易には失えない。

今からの5年で治療法が開発されなかったら、どうなるのだろう?

暗闇か。無音か。無触覚か。
どれかを選ばなければならない。

最初の二つのように、すぐに選べるものではない。

その5年は、娘にとっても、私にとっても、重大なタイムリミットだった。

◆ 

においのない世界は、想像以上につらかった。

「アロマセラピー」というものがある。
人間に香りをかがせることによって、気持ちを落ち着けたりする治療法だ。

それに限らず、人間はニオイを嗅ぐことによって、安心や快感を得たりする。

綺麗な話ではないが、時に脚のニオイや、ワキのニオイを嗅ぎたくなってしまうことだってあるだろう。
臭い香りであっても、人はニオイの刺激によって、安心するのだ。

さらに異性の香り、またシャンプーや香水の香りによって、気持ちが高まることだってあるだろう。

これらの働きが、まったくなくなるのだ。

毎日の生活にたいする刺激や喜びが、少しずつ失われて来るように感じる。
私は、聴覚があるにも関わらず、「世界から、音が一つ消えた」と感じた。

◆ 

娘の治療法は、いくら待とうとも、開発されなかった。

味と香りのない生活のつらさとあいまって、イライラすることが増えた。

また娘も、18・19になるにつれて、少しずつ私にたいして反抗しはじめた。
お互いにストレスを抱え、口論になることも、少なくなかった。

そのたびごとに、娘にたいして、言いようのない怒りを感じ始めた。

私は。
私は、誰のためにこんなに大変な思いをしていると思っているんだ。
私がどれだけ自分を犠牲にしていると思っているんだ。

すべて、お前のためじゃないのか!?

自分の献身的な行動が受け入れられないほど、つらいことはない。

私の人生そのものが、まったく意味のないもののように思えた。

もしこのまま治療法が発見されず、20才の誕生日を迎えたら。
また私は、さらに自分を犠牲にして、娘の命を延ばすことができるのか?

自信をもって、その問いかけに答えることができなかった。

私はワラにもすがる思いで、医師に電話をし続けた。
医師は言う。

「まだ見つかりません。しかしあと少しで…。必ず開発できるはずなんです」

「あと、どのくらいで?」

私の質問に、医師は答えた。

「…あと、10年弱の間には…」

それは、さらに二つの感覚を失うことを意味していた。

◆ 

娘の20才の誕生日を間近に控えた日、私は決心した。

もう、すべてを話そう。
どれだけ私が頑張ってきたかを。

そして、もうこれ以上続けることはできない、ということを。

娘もまもなく、20才になるだろう。
人生として、十分に味わったじゃないか。
もう、いいじゃないか。

これが、運命なんだ。

私は自分に言い聞かせるように、何度も同じ言葉を繰り返した。

「話がある」

私は娘を呼ぶ。
そのときだった。
娘は、こう言った。

「あ、あのね、私の話から、先に聞いてくれる?」

何だろう。
私は不思議に思いながら、話を聞く。

「あのね…」

娘は、しばらく言うのをためらいながらも、口を開いた。
恥じらいながらも、とても幸せそうな顔で、こう言った。

 

 
「お父さんに、会ってほしい人ができたの」

 

◆ 

「…いらっしゃると思っておりました」

質屋の女は、あいかわらずの姿で、そこにいた。
私は彼女の顔を見るやいなや、思いの丈を叫んだ。

「娘を…。娘を幸せにしてやりたい…!
たとえ30才までだって、構わない…!
好きな男と結婚し、幸せに過ごす。
最後にそれくらい、味わう時間を、作ってやりたいんだ…!」

私は、娘に妻の姿を重ねていた。

同じ病気のせいで、妻は娘を産んで、すぐに死んだ。
私はおそらく、妻を幸せにしてやれなかった。

だからこそ、せめて娘を幸せにしてやりたい。

そのことに、今気がついたのだ。

女はそれを聞き、静かにうなずいた。

「それでは…」

「あと二つ。最大まで質入れさせてほしい」

結婚をするのなら、生活の心配はないだろう。
たとえ私がどうなろうとも、娘そのものは生きていくことはできるはずだ。

「承りました。視覚、聴覚、触覚のうち、どの感覚を質入れ…。いえ…」

女は息を吸い、言い直した。

「どの感覚を、残されますか?」


 

答えは、決まっていた。

(つづく)

メルマガ「セクシー心理学より抜粋



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那須塩原市で防災・防犯の会社を経営しております。安心・安全・信頼を通して地域のお役に立てる会社にしようと奮闘中です。少しでも皆様のお役に立てる情報が流せたらと考えております。

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