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「正論」と「正義」は違う

命を賭ける決断はいつも悲しみであり、必然性と不可避性はいつも、
「人にわかりやすい正義」に反することになる。 
(BY 三島由紀夫『映画芸術:我慢としがらみ』)

「正論」=「正義」とならないのが世の常です。
「人情」が「正義」を無視または超越するからです。
それを「任侠(にんきょう・おとこだて)」といいます。

純粋に真面目に生きれば生きるほど矛盾錯綜し、
犯罪行為にしか到達しない。
愚かなまでの覚悟は知的に美しい。
これぞまさに「悲劇」です。

一方、学識に豊んだ学者達の「人間性と生命の尊厳」にしか
到達しない思考がそれを「悪」とします。
きれいごとだけの「正論」を振りかざし、机上の空論を正義だとして、
自分はいつでも安全な場所にいる…。
それが「正しいこと」であり、「美しいこと」なんでしょうか?

真の美しさとは、愚鈍なまでの情熱と覚悟からなるもので、
時に正義とは真逆な所に或っても、情念は「知的」な思慮深さに結晶する。
正義を語るには、自分の命を賭ける勇気が必要なのです。

私達に必要な正義とはいったい何なのでしょう。
時に情念やメンツによる決断は正論や命の尊厳よりも重くなるようです。

頭でっかち理論ばかりで、行動を起こさない人は”正義”は分からないと思う。
難しい話になってしまいますが、行動をおこし”経験”することが大切で、
(法に反することはだめですよ)
悲しみ、悔しさを分かってこそ、優しくなれるし正義というものが少しでも
理解できてくるのだと思う。

ちなみにテレビ朝日の金曜日の夜9時からの”悪党”というドラマは
この件について考えさせるドラマだと思います。

自分的には、正義というか”男気”にこだわりたいと思ってます。


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那須塩原市で防災・防犯の会社を経営しております。安心・安全・信頼を通して地域のお役に立てる会社にしようと奮闘中です。少しでも皆様のお役に立てる情報が流せたらと考えております。

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