スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

幸せの言葉はあるが、幸せに言葉はない

不幸や不遇にはたくさんの理由や言葉が存在する。
でも、幸せにははっきりとした理由も言葉も存在しない。
何故なら、幸せは「在る」ものではなく“感じる”ものだから。
不幸も同じように感じるものなのだけれども、
「~だから」という具体的な物事をくっつけて理論的に
自分から説明付けてしまいやすい。

もしかしたら、「幸せ」というもの自体が存在していないのかもしれない。
「幸」を字解すると、その形象は「手かせ(手錠)」から来ているらしい。
なにかに縛られて身動き出来ない状態が「幸」なのか、
その縛られている状態から開放された時が「幸」なのか、
僕たちはその拘束された状態を抜きにして「幸せ」を語ることは
できないのかもしれない。

簡単に言うと、それは単純に“不幸ではない状態”が“幸せ”となる。
だから、幸せによって誰かと結びついたり思いがけない事に逢うことなんて本当はなくて、
「そこに幸せはない」ということを共有し合うことによって結びつくことになります。

「幸せの力」というものはまるで水の中に空気の入った
ゴムボールを深く沈めてそこでパッと手を放した時の状態のごとく、
水面へ勢いよく浮き上がる様なもの。その瞬間は浮揚する心とともに
幸福感で満たされるが、一旦水面へ浮き上がったらそれ以上の感動はなくなる。
そして人は考える、「どうしたら幸せになれるのだろうか?」と…。

お金やモノで満たしてもそれ以上の浮揚感は一向に出て来ない…
虚しさでいっぱいになる。そこが幸せの絶頂であったとしても。
「何もないこと」が一番の幸せなんだと思う。
でも、高揚感の伴わない幸福に満足するということも
また難しいことなのかもしれない。

向上心や夢、希望などを持った瞬間から人は挫折や苦悩や絶望も
その大きさに比例してやってくる。

その負の状態から浮き出ようとしているときこそが
幸福を感じる瞬間なのだ。だから、負の状態に対して幸福であるとする言葉は
見つけることが出来ないのではないでしょうか?

今自分が「幸せではない」と思っても、その中に幸せを感じることはできるはず。
本当はいつだって幸せは自分の中にしかないのだから。


参考:「追いかけるんじゃない、引き寄せるんだ」

幸せになりたい・・・。
そう思ってる人は沢山いると思う。

しかし
幸せは”なる”ものではなく”感じるもの”。

常に”感謝する”気持ちを持てたならば、
きっとどのような状況であっても、幸せなんだろうと思う。

スポンサーサイト
コメント

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

hayato

Author:hayato
那須塩原市で防災・防犯の会社を経営しております。安心・安全・信頼を通して地域のお役に立てる会社にしようと奮闘中です。少しでも皆様のお役に立てる情報が流せたらと考えております。

カテゴリー
ブログ内検索
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。