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“ありがとう”を言う責任はあるが、言ってもらう権利はない

世の中は“ギブ・アンド・テイク”だと思います。
しかし、簡単にそんな関係にはなりにくいのも事実です。

何故なら、人は自分の行った行為に対する“妥当な評価”
を得たいと思うからです。
この“妥当な評価”というものがクセモノで、“妥当”
という尺度は人によって違い、大抵は「たったこれだけ?」
と不満を募らすことがほとんどだと思います。

私は人に“認めてもらいたい”“感謝されたい”
という心を持って行動しています。
それは私の喜びであり、自己の成長に繋がると思うからです。

しかし、当然のことながらそれはエゴでもあります。
自己顕示性による「これだけやってあげたのだから感謝されて当然」
という高慢な部分をどうしても拭い去ることはできません。
それだけに評価が低かったりすると「感謝が足りない」
とひとり腹を立ててつまらない人間に成り下がっていることも事実です。

そんな愚痴をこぼすと、決まって
「それなら最初からやらなければよかったじゃないか」と叱られます。
確かにそうです。しかし、“何もできない奴”と評価されるのも恐かったのです。

もうその時点で動機が不純なのですが、自分の望む評価を与えられる
“権利”を持っていると勘違いしていると間違いなく人間関係を壊します。
また、逆に何かをしてもらった時に感謝や評価をしなくても同じく人間関係を壊します。

ではどうすればいいのか?

何かを誰かにしてあげれた自分を自分で評価してあげればいいのです。
何かを誰かにしてもらったことを評価することを忘れなければいいのです。


宗教に入ってさとりを啓くわけでもなければ、自己満足で十分です。
自分が役にたったことを誇りに思い行動できれば、感謝されないはずがないのですから…。



※今大切なのは”ギブアンドギブ”の精神

でも私たち経営者は”ギブアンドギブ”与えて!与えて!与える・・・・・。

前にも書きましたが”損得経営”をやっていては駄目です。
”善悪経営”を心掛けましょう。

周りがよくなれば必ず自分に跳ね返ってきます。
例え時間がかかったとしても。

私たち”大人”は、次の世代に何を残すか残せるか。
そして地域の為に何ができるか・・・を考えなくては・・・。

福沢諭吉は【国を支えて国に頼らず】と言ってます。


↓以下、以前にも書かせていただきました・・・。


国民は自分の勉強不足は棚に上げ、政府に対する不満ばかりを口にしていると批判し、

「この程度の国民だから国家もこの程度なのだ。」

国を支えていくのは、志をもった国民一人ひとりである。
「この人民ありて、この国家あり」
すなわち、人民がこの程度のレベルだから、国もその程度のレベルなのだ。


よりよい社会をつくるためには成功者を妬まずに敬意を示し、
自らもまた努力を重ねることが重要だ、
「嫉妬」は人間の最大の不徳であると警鐘を鳴らしました。


周りのため、人のため、国のためになろうと思った時に、
初めてそこに徳が生まれ、品格が生まれてくるものだ。


諭吉が述べたように「立国は私なり」という
思いを一人ひとりが持って行動すれば、
徳のある人間が生まれ、徳のある国家が形成されていくのだ。

いい会社・いい家庭・いい学校(PTA)を創るなら、

すべて、依存心じゃだめです。

自ら立ち上がることが、大切です。





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hayato

Author:hayato
那須塩原市で防災・防犯の会社を経営しております。安心・安全・信頼を通して地域のお役に立てる会社にしようと奮闘中です。少しでも皆様のお役に立てる情報が流せたらと考えております。

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